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夜泣き


.2004.02.16

長女のさやかは生まれたときから夜泣きをしました。
実家に帰っていたときは部屋の天井に何のまじないか、
「信田の森の白狐」
というお札が貼ってありました。
義父はまじないや縁起を信じる人だったので、どこかで夜泣き治療のお払いをしてもらったのではないでしょうか。

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余談ですが「信田の森の白狐」は初耳ではありませんでした。
新宿混声時代、どこかのわらべ歌だとして

麦搗いて 小麦搗いて
親の在所が恋しゅうて
尋ね来て見よ
信田のお森のしろぎつね

という訳のわからん歌を唄ったことがあります。
信田の森の白狐は陰陽師・安倍清明の父親だとの説もあります。
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しかしさやかの夜泣きはそんなものではとてもじゃないが調伏できる代物ではありませんでした。
宇津救命丸も試してみましたが、最初から口に入れてもらえませんでした。
放っておくと夜、何時になっても眠ろうとしないのです。
そして寝せようとすると火がついたように泣き出すのです。
何度「どっかに捨てて来い!」と妻を怒鳴ったか判りません。

泣いたままにしておくと疲れて眠るのでは、と試したことがありますが、だんだん泣き声がただ事でなく大きくなり、この子は別の世界が見えているのではないか、とこっちが恐怖に耐えられなくなってしまうのです。
泣き止ますためには車に乗せて眠るまで走り回るより方法がありませんでした。
保育所に行くようになれば疲れるから早く眠るようになるだろうという希望的観測も無情に裏切られ、毎晩の走行距離たるや莫大なものでした。

保育所の年長組ぐらいになりますとようやく夜中に走り回る必要はなくなりました。
そんな頃、食卓の椅子に座って何かの話の流れで

「さやかの夜泣きには参ったよな。」

と言ったことがあります。
するとテレビの前でひとり遊んでいたさやかは私がまったく気がつかないうちにいつのまにか膝の上に座っていて、

「さやか、今は夜泣きしないよね?」

と私を見上げて不安そうに聞きました。

「うんうん、今はとってもいい子になったよ。」

と言って抱きしめてやると安心して元の場所に戻っていきました。

その後、高校生ぐらいになっても車に乗ると条件反射で眠ってしまう後遺症だけは残りました。

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自育不利人の たそがれ懐古録