家には風呂がありませんでした。 と言うより、風呂のある家などはどこにもなく、みんな銭湯へ行っていました。 貧乏人ばかりですから何日かに一度です。 おふくろは混むのがいやだと言っていつも一番風呂でした。 午後の二時過ぎだったと思います。 子供にとっては遊びが縁たけなわの時間帯です。 みんなと遊んでいるときに無理やり連れて行かれるのですから当然風呂は嫌いになります。 一度だけ逃げたことがあります。 当時港町通りはまだ埋め立てられていなくて、海に面した家々と防波堤との間に細い道がついていただけで、防波堤の外は砂浜でした。 私は砂浜に下りて逃げ、おふくろは防波堤の内側を追いかけてきました。 捕まるはずがない、と強気になった私は時々立ち止まってあっかんべーをしましたら、おふくろはかんかんになって怒って石を投げてきました。 しかし距離があるのでたとえ石が届いてもらくらく避けられます。 そのまま逃げつづけると今の消防署が建っている辺り、若山川右岸の築港(通称チッコ)と呼ばれるコンクリートの突堤のところに到達し、私は突堤に上がろうとして上がれず、ジタバタしているうちに追いつかれてとうとう捕まってしまいました。 あっかんべーをして馬鹿にしたことも災いして、おふくろにはしこたまひっぱたかれたあげく風呂へと引きずられていってしまったのでした。 |