直線上に配置

新入社員研修


.2005.01.27

一週間の新入社員研修は東京の真ん中、番町小学校近くのホテルでした。
番町小学校→麹町中学校→日比谷高校→東大というのがエリートコースだと噂に聞いていましたので、番町小学校の名前は知っていました。
運動場が狭いアスファルトだったことを覚えています。初めて舗装してある運動場というものを見ました。
西も東もわからない頃なので、とんちんかんな記憶かも知れませんが、斜め向かいがプリンスホテルだったと思います。
ホテルの名前はいいかげんですが、確か聞き覚えのある名前でしたし、玄関には英国調の派手な衣装のボーイが二人立っていました。
社員研修があったのはもちろんそのホテルではなく、聞いたこともないホテルでした。
今、地図を見ても番町小学校のあたりにホテルはありません。どっちか、あるいはどちらも移転したのかもしれません。
当時、赤坂見附駅しか知りませんでしたたが、今と同じ場所にあったのなら四谷のほうが近かったかもしれません。

新入社員研修でまず躓いたのは晩飯の洋食でした。ナイフとフォークを使ったことがなかったのです。
あたりを見回すと大卒グループは上手に食べているようでしたが、高専グループはどいつもこいつも洋食など初めて、という垢抜けない連中ばっか。
なんとか人まねで食べようとするのですが、グリーンピースをフォークの背中に乗せようと無駄な努力をしたり、ようやくフォークの背に乗せたご飯を口まで持っていってあとちょっとで落としてしまったりなど、互いに隣りのやつの失敗をみては笑い転げているばかり、一日目は半分しか食べられませんでした。

毎朝皇居の周りをランニングしましたが、数日立つとだんだんあつかましくなり、どうせ誰が走っているかわからないんだから寝ていよう、とサボっていたら、まじめなやつが点呼を取っているとご注進に来て、慌てて着替えて飛んで出たこともありました。

研修の最終日、赴任先が発表になり広島と決まりました。
ラグビーで何度か対戦した金沢高専の小林は就職試験のときからいっしょに行動していましたが仙台支店となり、ここで別れました。。
広島支店に行くことになったのは機械が私ひとり、電気が福井工大出で富山出身の田嶋さん、あとは土木が三人、建築二人ぐらいだったと思います。
その日の内に夜行列車に乗り、広島に向かいました。

朝早く目が開いて外を見ていたらたまたま朝もやのなか、ずいぶん高いところに「佐藤工業(株)西条整備工場」という看板が浮かんでいました。
まさかあんな山奥じゃないだろうと田嶋さんと話していたのですが、結局連れて行かれたのは紛れもなくその看板のある場所でした。

直線上に配置


自育不利人の たそがれ懐古録