姉の旦那から車をもらうことになりました。 義兄は自動車学校の先生をしていましたので車は払い下げのタダの車で、保険料が走っていると姉はいつも言っておりました。 白と黒に塗り分けてあって、誰が見てもパトカーみたいなコロナです。 ちゃんと警察には支障なしと了承されていると言っていました。 学生の頃はよく乗せてもらった車です。 車は貨物列車に乗ってきました。広島駅まで引き取りに行きました。 当時のコロナには有名な持病がありました。 ギヤをセカンドからローへシフトダウンするとき噛んでしまってにっちもさっちもいかなくなるのです。 こうなると車内の操作ではどうしようもなく、ボンネットをまくってエンジンルームに手を突っ込み、ギヤリンクの特定の場所を引っ張ってやらないと外れません。 ゆっくり確実に操作すればなんてことはないのですが、慌てるとよく噛みました。 交差点で噛ましてしまい、後ろの車からクラクションであおられて、ボンネットを開けて直したあと、あせってまた噛ましてしまったこともあります。 毎度のことなので引っ張るべきところに紐を縛っておいて手を汚さず直せるようにしておきました。 毎日ボンネットを開けてエンジンをいじっていました。 点火栓の掃除はその頃常識のようなもんでした。 タイヤが減ってくると屑鉄屋さんでいくらかよさそうなタイヤを見つけてもらってきました。 屑鉄屋さんも鉄屑になるホィールさえついていれば黙って交換してくれました。 それを道具もなしに半日掛けて交換しました。 宮崎の従妹に会いにその車で走ったとき、大分の市内か別府で、電車道が石造りのところがあったのですが、でこぼこな道でガタガタ走っているうちにカンカラカンと言う音とともに急にエンジン音が大きくなりました。 マフラーを落としてしまったのです。 道具は整備工場並に一式積んで走っていますのですぐに直して走りました。 東京の本社へ転勤することになり、必要な荷物を東京に送ったあと、どうでもいい荷物を車に積んで一度家に帰ることにしました。 二号線を使って帰ったとき、渋滞で泣きましたので、ちょっと遠回りですが松江から鳥取を通って国道九号線経由で帰ることにしました。 真夜中に松江の町を走っていたら、追い越して前に出た車があり、助手席の窓から赤い懐中電灯を振っていました。 あちゃっ 覆面パトカーだ! 真夜中ですからスピード違反は間違いありません。 しかし止められた理由は交通違反ではなく、偽パトカーが反則金を騙し取る事件が続出していたそうです。 私の車は疑われてもしょうがないデザインでした。 しかし屋根には季節はずれのスキーは載っているし、後部座席はガラクタの山。 すこし荷物を検めていましたが、車の色についていやみを少し言われただけで無罪放免となりました。 |